News 「レフリックス」誕生秘話:自家用車で送迎した発表会から、会社の柱へ / 代表取締役 小鹿島 太郎

※本記事は、2002年の実績をご紹介するものです。
掲示内容は当時の情報に基づいています。


2001年の創業前から、アトムズカップリングレフリックス の販売を柱として考えていました。当時、アトムズカップリングの位置する市場は大きくありませんでしたが、同等の製品を扱う企業が一社による独占状態にあったためです。同時に、アトムズとしてオリジナル製品開発の必要性を感じており、レフリックスの製品化を悲願としていました。

当時、冷媒銅管用のフレキシブルジョイントは市場に存在していませんでしたが、今後はこれまで以上に冷媒空調が伸長していきフレキシブルジョイントのニーズが高まると予測し、【顧客の創造】の絶好のチャンスであると考えていました。
目標とする各種の試験をクリアし、ようやく発売の目途が立ち、2002年4月には製品発表会を行いました。
当時は私を含めてわずか5名の本当に小さな会社でしたが、発表会前には上場企業を始めとするゼネコン・サブコン・設計事務所・商社などの有識者59名に案内状を送り、最終的には24名の方々に参加いただきました。
今振り返ると、創業1年で全く知名度の無い会社の製品発表会に、よくぞ24名もの錚々たる顔ぶれにお越しいただけたものだと思います。

発表会場である当時の弊社倉庫は最寄駅から距離があるため、当日は出席者をでお送りしなければなりませんが、まだ社有車が無く、私の自家用のワンボックス車で駅から倉庫を何往復もしたことも、今となっては良い思い出です。
その後、2002年10月にレフリックスは発売され、現在では製品名も浸透し、弊社の売上と利益に貢献してくれる製品に育ちました。